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6月20日

迫田監督の話つづき。


選抜が中止になったんであれですが、新庄は選ばれとったですから。
もしかしたらあるかもしれん言って練習しようって。
広陵や如水館は寮が使えないようになって、帰ったから言ってどうしようもないですよね。
人混みが居るとこもいけんし。大会が中止になる言ったら高校野球の100年の歴史で、
昭和19年20年が戦争でやってないんですが、これを中止にする言ったら大変なことでね。
オリンピックもガタガタしてますがね。

──監督さんとしては選抜が中止になる事はやむを得ないと思いますか?

私にはよう判断できんですね。やるにしてもやめるにしても大変ですよね。
世界がかかったと言ったら致し方ないゆうたら、
今年の島根県の平田高校は初出場ですけどそれは泣きますよね。

昭和20年の終戦の時佐伯会長が「来年の8月15日には甲子園の大会をする」
と言うことでそこから全国を回って高野連を作ってくれた。
それで21年の8月15日には甲子園でやりましたからね。
そういうことをされた人だということがわからん人がおられて
「佐伯は生意気じゃないか」とか言われて。

春の県大会もどうなるかまだよくわからんで、審判さんが講習会をできないんですよ。
集まれんから。今日も県の審判長に会って、竹原の人ですからね。
「大変でしたね」ゆうたら「練習するところがないんよ」ゆうて。

──監督さんは今もスポーツジムに通われていますか?

通ってます。今サウナが閉まってますね。通い始めてから1年経ちますね。
選手も通っている奴がいますよ。11月から行かせるようにしたんです。
2月に「続けたい人は続けなさい」。夜遅くまで練習ができないですから学校で。

──監督さんはノック打ったんですか?

まだ打ってないです。今日もノックバットを持って行っとるんだけど、
まだ足腰がしっかりしてない。バッティングと言うのは下半身が強くないと打てんのんですよ。

昨日ゴルフ行って夜に足がつってね。痛いのなんの。
右のももの裏がね、ガチガチになってね。5分ぐらいどうやっても痛くて立つこともできんで。
下半身ができてないとボールも飛ばんのんですよ。
シニアのあれでちょっと前から打たしてもらってるけど、
それでも飛ばんから力んで打とうとして難しくなって。昨日それでもベストスコアで96本。
元の副部長と橋本コーチの3人で、そこの瀬戸内カントリークラブで。
結構難しいんですよ、高低差があって平らなところが少ないんですよ。

何せドライバーで180ヤードぐらいしか飛ばんのんですよ。3番ウッドでも150ヤードかな。
私は如水館のとき時々アンダーで回りよったんですからね。
それが120じゃゆうたらもうどうでもいいですよね。もう腹が立ってしょうがないですけど。
ゴルフは10年やってなくてやりだしたけど、こういうのはやってないとだめですね。
80歳になってもう一回力をどうこう言うてもそうはいかんわね。









4月26日

3月11日に迫田監督を取材。

──春休みが前倒しになった形になりましたが練習はできるんですか?

学校のグラウンドが使えないので会社のグラウンドを借りて練習をしています。
10人だからいいんですよ。自主練習と一緒だから、来れない人は来なくていいゆうて。2時間ぐらい。
他所の学校の子も2人来てから一緒にやりましょうと。これ以上は入れないですよ、難しくなるから。

ついこないだそこに寮というか下宿ができまして、保護者会の会長の家なんですが、
きれいにしてもらってきちっとなって、まだ2人しか入らんのんですがね。
だんだんと増えていくだろうと思います。

スマホにして選手とLINEをしています。

──野球ノートみたいな感じですね。

そうそう野球ノートをやっても書かのんですよ。
でもこれやったらね、まともなことを書くんですよ。
今の子供は会話はできんけどこれならできるんですよ。
これ見てもらってね。この子が成績が悪いだなんて絶対わからんですね。
コーチがLINEで選手とやりとりをしとったんですよ。
「どしたんこれは。ちゃんと書いとるじゃないね」ということで、
私もやろうということでそれでやりだしたんです。もう子が全然違うんですよ。

──ほぼ毎日やりとりしてますね。

この子は3年生に上がれるかわからん位なんですが、こんなに文章書くんですよ。
こいつは野球が好きで野球部に入ったんですが面白くなくてやめたんですよ。
私がやりだして面白そうじゃけぇまた入ったんですよ。すごいいい子でね。

──直接話すのは緊張したりがあるんでしょうね。他の子が聞いていたら言えないとか。

そうなんですよ。何思ってるか黙ってるからわからんでね。
でもこれなら早いのなんの。返事がすぐ帰ってくるもんね。
これはやっぱりね、これからの野球で絶対必要になってきますね。
ただ11人だからできるんですが、30人になったら大変でしょうね。
これだったら自分のことを見てもらってるって言う感じがあるんでしょうね。

──監督さんも文章を打つのが大変でしょう。

そうですよ。難しいよ私には。
この子は先生との話と言ったら怒られることばっかりなんですよ。
それで今野球のことで褒められるから、家帰って親との会話が違うんですよ。
そしたら親も違ってきますね。就職についてもこうしたらどうか。「ありがとうございます。考えます」。

私がスマホを持つなんて思ってなかったですけど、
今の世の中言ったらやっぱりこれは必需品ですね。すごいわかりますねいろんなことが。









3月29日

迫田監督の話つづき。


──監督さんは就任されるとき、選手達に何か目標を与えましたでしょうか?

全日本の選手になりなさいと。甲子園を狙えるような強いチームにしたいんじゃと。
それは簡単にいかんということだけは分かってくれ。
みんなまだまだわからんことが多いから、これから徐々に教えていく。
一番は今おる11人は私絶対面倒をみたいんじゃと。
来年再来年に選手が入ってくるけど、そしたら試合には出れんようになるかもしれん。
大学なりに行って家に来た時に「わしのときはこういう風にしよった。
お前の考えじゃダメなんよ」と言ってくれるような選手になってほしいですね。

──如水館と試合をしたいですか?

いやそんなことも全然関係ないです。
やったって別に参考にはならんですね。やっつけてやろうという気はないです。
自然とそういうものは出てくるんじゃないですかね。
学校というのはやっぱりきちんとしたことをやらんと、
生徒が一番多感な時にそこらのものがある一部の人に犯されると言うたら良くないですよね。
学校というのはそんなところじゃないと思います。

教育というのは私らでもちゃんとやって、親が喜んでくれるゆうたらいいことですよ。
ただうちらも今は11人だからまだそれが浸透できるんですが、
30になったらちょっとしんどいですね。それは親自体がまた違いますから。
50になったらもっと違います。それをなるべく続けていきたいと思います。
今は一番親たちがしっかりしてます。よくしてくれますお母さん連中が。
それが大分お父さんも出てきてくれるようになりましたね。
お母さんたちが泣いてくれるんですから、残ってくださいと。子供が変わってきよるんですと。









3月15日

迫田監督の話つづき。


選手たちには「全日本の選手になりなさい」と。
打つこと投げること走ることを守ることができたとしてもなれるわけじゃない。
だけど礼儀作法はできないわけではない。それ以上のことをしろと言ってるわけではない。

集まった選手に野球を好きにさせて高校生らしい野球をできるようにするのが夢。
広島県の監督会が、私はやめたんですが、
「強いチームを選んで試合をさせてください。費用は150万円出してください」 
あるわけないじゃないですか。
今年大阪桐蔭を土日呼んで、春の県大会ベスト4が4試合やっとるんですよ。
選手全員に600円ずつ払わせて。総合技術の監督は、これは私の教え子なんですが、
保護者にお願いをしたんですが断られて自分で18000円出したんですよ。

まだ強くはないですけど、これらが来年度メンバーに入れる言うたら2人ぐらい。
メンバーには入れても試合に出るゆうたら2人。そうじゃないと甲子園は遠いですね。
この11人は私がちゃんと進路の面倒を見ると言ってます。
今年の3年生も私は「国際大学に行きなさい」と。4部におったのが3部になって。
ここから呉まで35分で行けますし。そいつをお願いしたら取ってくれるようになって。

野球をあーでこーで言っても分からんのよね。
フリーバッティングで3本に1本は構えなさいと言っても構えないですね。
それで来たボールだけ捕るんですね。試合になったらそうはいかんですよね。
難しいだけが来たら「捕ったことはないわ」みたいなね。それらを急激に教えても無理ですね。
ちょっとずつ楽しくしないと。「今日のお前のプレーは凄かったな。うまかったな」言うたら
すごく喜んで「今日褒められたんじゃ」ゆうような。









2月23日

迫田監督の話つづき。


結局は単純な易しいことを怒らずにやらして選手が興味を持って、
この前入った2年生の子はもう主力ですよ。練習の後ものすごく疲れて、疲れた言うのが
中学の頃から素行不良の子で、他の部に入ったけど面白くないからやめたんですね。
私が野球部に入ってから面白そうじゃけえ入ったんですよ。

先生たちが分かってくれんのが、やりたい奴をやらしてやって好きなことをやらせたら
他の事も良くなるのに、お前は好きなこともやめたじゃないか
中学の頃こんなに悪いことをしてたじゃないかとか言ってやらしてあげんのんですよ。

それが入ってやりだしたら親がすごく喜んで、家に帰って夜遊びに行ってたのが今はバタンキューで。
そいつはこないだも単位が足りんで3年に進級できんかもしれん。12月の試験が悪かったらダメ。
私が先生に頼んで勉強させてくださいと。
我々は夏に本番があるので夏にそういうわけにはいかんけど今の時期なら勉強させたほうがいい。

その子が夢工房ですごくいい顔をしてね。こんなの初めて見たと喜んでね。
それで野球がうまくなるわけじゃないけどちょっとでも感性を豊かにする言うたらおかしいけど、
いいものはいいとわかってくれないといけないんですよ。

悪い子であっても好きなことをやらせれば、ちょっとした校長さんあたりなら、
クラブを強くすることによって学力が上がりよるんですよ。
呉三津田高校の監督さんが、そこの特進コースの生徒は部活でキャプテンやってる子が多いんですよ。
だから校長もクラブを強くしようと。

今県教委は先生のために休みを多くしよるんですよ。
10月は25日から中国大会があるのに、来年度は秋の県大会勝っとったらどうするんですか。
甲子園行けるかもしれんのに練習ができん。









2月9日

迫田監督の話つづき。


遠投でも一人90 M 投げますが他は60 m ぐらい。
その60 M 足を置いたまま捕ろうとするから抜かすんですよ。
ボールが一番汚れるのはキャッチボールですよ。
打つのは11人しかいないからそんなにたくさん打てないじゃないですか。
打つ回数が少ないからあんまり痛まないんですよ。
キャッチボールのほうが暴投したり逸らしたりするから痛むんですよ。
だから暴投したり逸らしたりしたらその二人はベースランニングです。
みんなダーダー走ってますよ。

前の監督さんがマシンの球をガンガン打たせていたんですよ。
当たりゃせんのんですよ。選手たちもあんまり面白くないんです。
ノックも今から10分やるぞと言ったら、バンバンエラーして先生もやめられないんですよ。
10分が40分50分になるんです。私があれして橋本コーチ10分じゃ言うたら、
エラーしようが10分で終わるんですよ。選手たちは「なんで10分で終わるんですか」という感じで。
10分じゃ言うたら10分で終わらすんよ。
50分いうのは下手じゃけえなるんじゃけどけじめがつけれんよな。

テニスボールみたいな素手でとれるボールがあるんですよ。
そのボールを下から投げてノックバットで打たして、打った人は走りなさい。
今まで当たったことない人はノックバットで緩いボールだったら打って飛ぶんですよ。
そしたら一生懸命一塁や二塁まで走るんですよ。それでやっと野球らしくなってきた。
ちょっと打てるようになってきた。相手は弱いけど19点は入りましたからね。









2月2日

迫田監督の話つづき。


──今キャプテンは誰にしていますか?

2年生の子です。大分変わってきました。
この近くに夢工房と言うところがあって、電気のこぎりで木を削って芸術作品を作る人がいて、
金土日だけ公開してるんですよ。そこへ選手達と歩いて行く時にキャプテンに
「お前はこういう時に一番後ろを歩いとる。キャプテンなら先頭を歩きなさい」 
それがキャッチですから。打つ時は金カップを外して守るときはつけるでしょ。遅いんですよ。
予備のキャッチャはいないですから、3年生に手伝ってもらったりして。
「お前は遅い所が全てに出とる。キャプテンはそんなんじゃいけん」 
先頭歩かして帰りに「今日はいいことがあった。キャプテンが先頭を歩くようになった」 
翌日に試合があってキャプテンがパッと一番先に出るようになって、そういう素直な良いところがありますね。

だけど野球をやってない人は分からんのんですよ。
無死一塁でバントをされてボール取ってランナーにタッチすれば早いのに
ベースを踏みに行ってランナーの方が早くてセーフなんですよ。
一生懸命やりよるけどあれはタッチしてくれにゃいけん。
次の試合で一死三塁で、ファーストへのハーフライナーを捕った。
サードランナーに還られた。それはいけんよ。
前の試合でも二死二塁で、三遊間のゴロ。
ショートの子は肩が弱いのでこれはセーフになると思ったら案の定一塁セーフ。
そしたらセカンドランナーがホームまで還ってきた。それぐらい野球のことが分かってないんですよ。

今はノックをさせてるんですよ。ノックをする時はええがにバットを持たないといけないんですよ。
トップのためができないんですよ。ためができないと、ピッチャーが投げるにしても
ボールの重みが分からんのんですよ。肩で投げようとするんです。
投げるというのは最後に指先でこうしてボールに回転をかけるんですよ。
肩で投げるから棒球になりますよね。そのあれを教えるために100円ショップで
ハンドグリップを買ってみんなに持たせて何回やりなさいよとか。
何回かも言ってあげないとわからんのんですよ。









1月19日

11月20日に迫田監督を取材。

10月は20日ぐらいしか練習ができなくて、修学旅行と試験が入って
10日間2年生が練習に出れなかった。大変なところです。

やっと練習試合で5勝できました。春にやっと1年生が5人入って11人になって、
練習試合8試合して全部コールド負け。秋のリーグ戦で三原東に勝って、
8回19対10になってコーチが「コールドにできるから頑張れ」と言うと選手たちは
コールドといえば負けたことしかないから変な顔をして「いや僕らは勝ってるんですが」
「いやこの回を抑えたらコールド勝ちするんよ」 
それでようやく勝って、会場が如水館だったもんですから竹原に帰って言った人がおって
「今日は19対10だったんよ」「そうか、でも10点取ったけぇよかったじゃない」
「いや19対10で勝ったんよ」「勝ったん?」 そんな話が出るぐらいですよ。

今の2年生2人は中学まで野球してなかったですからね。
3年生がメンバーが足りないから「入れ入れ」と言って入ったんですよ。
2週間前に2年生が一人入ったんですよ。あと今日あたり一年生がもう1人入りたいそうです。
だいぶそこらのあれが変わってきています。

面白いですね。
野球を知らない人をどういうふうにしたらええんかということでね。悩みながらやってますよ。









1月13日

迫田監督の話つづき。


例えばピッチャー3人おるんですけど、バンバンバンバン一生懸命投げよるんですよ、めちゃくちゃに。
力でとにかく速いボールを投げるんですよ。フォームがめちゃくちゃになるんですよ。
緩いボールはどうやって投げたらいいかわからんのんですよ。

キャプテンの子なんか「お前よくそんなにできるな」 
練習の後30 M や50 M のダッシュをするんですよ。
そこまでしたらやっぱり体つきが違うんですが、悪い方になっとるからもったいないですよね。

教育と一緒で教えるというのはよくしてあげないといけないんですよね。
それは世間に出た時にこの子はいい子ですよというのを作ってやらにゃいけんのんですよ。
そこらがただ教えると言うか上から「これをやれ」「それはやめろ」という感じの教え方しかないですからね今。
それらを教えて分かってもらわにゃいけんのんですけどね。

──2006年冬に迫田監督が駒大苫小牧の練習を見に行った経緯

私は北海道が優勝は用意できんと思っていましたから。あの寒さ言ったら私は嫌ですよ。
苫小牧に行ったのは二日間。ノックは半分が室内、半分が外。2時間2時間。
2時間あの寒さで外におったらどうでもよくなってくるね。

ピッチャーの小町とキャッチャーの徳田がちょっと仲が悪い時期がありまして、
どうしたかな思うたら、徳田が大阪弁だからあまり喋りたがらなかったんです。
そこでちょっとおかしかったんです。だから私は県外から来る子はすごく言葉を聞きしますね。
早くみんなと話せるようにしなさい。

──監督さんは竹原高校で甲子園に出たいという気持ちですか?

出たいというよりやる以上は出ますよ。出るためにはこうなんですということをわかってもらえないと。

広商は同窓会長する人は野球が嫌いな人はなっちゃいけないんですよ。
私広島の監督を8年やったんですがなんでやめたか。辞めた時36歳ですよ。給料ないんですよ。
給料なしで8年間やってきた。365日休みなしですよ。昭和48年に春準優勝、夏優勝。
103日家に居ないんですよ。そんなこと誰もわかってくれないんですよ。生徒もわかってくれないですよ。
今回の竹原高校も私ボランティアでやるんですよ。それなのにあーじゃこーじゃ言いよったらやっとれんですよ。









1月5日

迫田監督の話つづき。


選手達に最初に伝えたのは
「野球というのは思いやりの競技だからそれを大事にしてほしい」
思いやりというのは無死一塁、ヒット性の当たりを三遊間に打たれた。
それを三塁手がファインプレーで捕った。すぐに二塁送球。
二塁手は三塁手が捕れなかったと思って二塁に入るのが遅れた。
すごくいい送球だったのに二塁手は捕れなかった
ダブルプレーにはできず無死一三塁になった。二塁手と三塁手どちらが悪いか。
ほとんどの選手は遅れた二塁手が悪いと答えた。野球はそうではない。
三塁手が二塁手の様子を見て送球しないといけない。

3年生のキャプテンは一生懸命にやっているが、体作りをめちゃくちゃにしている。
内筋(インナーマッスル)を鍛えないといけないのに外筋ばかり鍛えている。
わからないままにやっている。
指導についてはいきなり言ってもわからないだろうなと思っている。
だけど一生懸命やっている。ゆっくりそこらのものを作っていこうと思っている。
結構面白いですね。

11人なら一人ずつ話ができるのでやりやすい。
時間が取れるので分かるまで話ができる。選手も緊張して聞いてくれている。
今のレベルでも「甲子園で通用する選手になりなさい」と指導している。
そこらのものがなかったら上を目指すことができない。
弱いからダメだということは絶対にない。
今それを言ってもわからないが、わかるようになってほしい。
秋にそのキャプテンが辞めたら残った選手たちも辞めそうな雰囲気。

如水館の3年生の進路の世話は正式にはどうこうできない。
3年生が「僕は個人で決めます」と言って
私に相談してくれたらできるが、なかなかうまくいかない。









12月22日

6月19日に迫田監督を取材。


──竹原高校で指導することになった経緯

如水館の元校長先生から電話がかかってきて
「NHK の番組を偶然見た。私は14年県の教育委員会に行ったので
竹原高校に話ができるので指導してあげてほしい」
その上、竹原高校の保護者会の会長が娘の知り合いで、
迫田監督が竹原にいるなら指導してもらえないかという話があった。

その時竹原高校野球部はスピードガンもないマシンもない。
春の段階では6人だったので春季大会は出れなかった。
5月16日に生徒と対面した。それ以後監督をすることを公にしてよかった。

私学のようにはいかない。予算はない。バスはあっても13年前のものなので
ほとんど動かない。それも運転手を先生ではなく保護者がしないといけない。
選手を見たがそんなに悪いことはない。まだ勝てるようなチームではない。
今の目標はコールドゲームをされないようにすること。

水曜日は練習を休みにする。土日はどちらかを休みにする。
先生の残業時間は月45時間以内。練習時間を確保できない。
如水館とは全然勝手が違う。甲子園を狙えるような環境ではない。
寮がないので遠くから来たいと言う生徒を受け入れることができない。
県外の生徒を呼ぶのは絶対にしないでください。
県立高校でも甲子園を狙おうというような街の雰囲気はある。

まだ監督には就任しておらずアドバイザーのような立場。
現監督にとっては春の段階では選手が6人で、大会には出れなかったので11人になった今、
夏の大会に出て満足できたら交代してほしいと伝えた。それまでは総合的なアドバイザーをする。
監督さんがやっと試合ができると張り切っとるところで、私が「替わってください」というのは気の毒。
中国新聞が「すぐに監督交代」と書いたのでそのことで機嫌が悪い。









11月17日

迫田監督の話つづき。


じゃけど今新庄が悩みよるのが、おそらく甲子園で2回戦止まりじゃいけんようになるんよ。
3回目から。また寄付したのに負けた。うちらでもあるんじゃけぇな。また「寄付せぇ」か。
じゃけぇもう行くなやゆう人がおるんじゃけえな、後援会の中に。
じゃけぇそこらのところが、あった中でやらにゃいけんゆうたら、
やっぱり伝統校いうか、広商ならそういうことは絶対ない。「行け」ゆゆうて。
どうあろうと、極端にゆうたら広商じゃけぇ商売人がおるわけよ。
「わしが手形を書いとくけぇ金を集めろ」と。

ほいで今度決勝まで行ったら、決勝の前の日に電話して、
「お前のところに優勝金持って行ってやるけぇ、明日だったら100万よ。今日だったら50万円だけどどうするか」
「じゃあ今日お願いします」 優勝したら優勝旗持って挨拶回りよ。
その挨拶回りで選手が体を壊す。疲れとるけぇ。慣れんことをするけぇ。
そういうようなあれがあるけぇ、秀岳館がベスト4で3回負けた。一番お金がかかるんよ。
挨拶回りができんのよベスト4じゃあ。優勝戦まで行ったら「100万と50万どっちにするんや」 
もし負けても50万じゃけえええじゃないか。それでものすごいお金がパッと優勝したら。

石川のなんとかいうところは120年の歴史があって、伝統校じゃけぇ1億3千万かな、寄付が集まって、
それで応援のバスが110台ぐらい。三日間雨雨雨。行ったら帰る。1億3千万パー。
来ても泊まれんのよ人数が多いけぇ。泊まれんけぇ帰らないけん。
また甲子園行く、そしたら雨、また帰る。110台で4回来たら。
浜田高校みたいなところが山陰合同でパッと行って、もう勝たんでくれと。お金がなくなるんじゃと。
3000万用意できたけど早く負けてくれ。そういうような色々なあれがある。

じゃけどやっぱり歴史というのはそういうことで、広商と広陵が120年以上の歴史じゃけぇ。
それで夏の大会で23回と22回。うちが7回行っとるけど25年じゃけぇ。
それを比較したときなんやゆうたら、うちができてから東から行っとるとゆうたら、
総合技術が春行っただけで 。あとはどこも行ってないんよ。
7年連続で負けたゆうのはなんかゆうたら、向こうでベスト8で終わったけど今度はベスト4を作らないけんのんよ。
ベスト4でないとみんな納得せんのんよ。
新庄が北部から初めて甲子園行ったけど、もう3回行ったら「今度はちょっと勝ってくれ」と。









10月27日

迫田監督の話つづき。


ナイキ先生がそうじゃけえ。ナイキ先生が崇徳の野球部。
「広商で優勝してなんでうちで甲子園行けるんや。そんな行けるわけがない」
いや最初はそうだったんですけど、今は違うんです。それを分かってください。今は違いますから。
そういう中でやる野球じゃけぇ。これは反発が来るなと。
だからわしは前田先生を買うたゆうのが、前田先生は14・5人でやっとる時に、
キャッチが二塁送球したら、後ろ向いとるピッチャーの頭にドゴーンと当たって、
いやー、最後のゲームなんよ。そしたら前田先生が「わしがすぐ病院連れて行きます」 ゆうて。
そういう先生ばっかりだと思っとって、広商がそうだったから。

広商でもね、最後の48年の金光らの時から95%以上が広商野球部の応援。
だって公立は転勤があるけぇ。母校がないんよ。私学はわしも全部それが一つでは思うとったんよ。
とんでもない。私学のほうが組合があって、ものすごくこうなっとる。
じゃけぇそれをぱっと勝ったりなんかしたら、かえって反感を食らってもっと悪くなる。
結局そこらのところが、甲子園8回行っとって、
わしと会うて「おめでとうございます」ゆうてくれん先生がおるんじゃけぇ。
そういうようなことを踏まえた上でやっとるんですよということを分かってもらえんのがしんどいよな。

だからそこらのところが、どういうふうにしたらあれが、最初の3年間は行かない、4年目から行こう。
4年目から3年連続で行った。今度は4年目に行った時に、どっちかゆうたらわしを応援しよった人が
「なんであんな弱いところを甲子園に行かすんか。1回戦で負けるようなチームを行かすんか。
4連覇ゆうたら広商も広陵も戦後やってないんじゃ」 
それで発破かけられたけぇ、審判さんが誤審よ。
これが誤審しても怒られんのよ、その上の人がゆうとるんじゃけえぇ。
それで結局わしはあきらめてあれした。その次の年は行った。そういうすごいあれがあるんよ。









10月13日

迫田監督の話つづき。


「うちの嫁さんも子供が言うことを聞かないんで頭を抱えてるんですけど。
ずっと言ってますよ、『俺の子供なんだから聞くわけないやろ』と」

それはあれやな、鶴岡泰君(鶴岡一人の子)ゆうて PL 学園で優勝した、
あれが法政時代にぱっとあれして、法政の部長が「こんなんあるんですか」ゆうたら 、
鶴岡さんの時におられた人がおって「親父に比べたら屁みたいなもんですよ」 
大学卒業して日拓観光(社会人野球)かなんかに入って、日拓の部長がどうじゃこうじゃゆうて、
鶴岡が「そんなこと社会人になって、どうじゃこうじゃゆうて規律をしようと、
そんなの社会人じゃないですよ」ゆうて。「ほいじゃあ好きにせぇ」と言われて。
大学の先生は「いやいや親父がこれで、子供はまだ可愛いもんですよ」 
親父さんは法政を出て南海に入って、2年目で監督じゃけえな。プレイングマネージャーで。
その代わりすごい早く年を取ったね。もうグダグダ。
それはね大阪なんていうのは野球賭博がひどいんよ。それで夜中に電話がかかってくるんよ。
隠し電話なのに夜中に「何しとるんや!負けやがって!わしの金どうしてくれるんや!」
子供も小学校で言われるんよ「お前の親父が負けた」

結局うちらでも野球のことが分かっとる人がおらんけぇ、極端にゆうたらな、
もし如水館に来て6年目に56人入った。パッと周りを見て、
周りは「なんで広商であれしたけぇゆうて勝てるんか。甲子園なんて行けるわけないじゃないか」と。
そういう雰囲気なんよ。わしは「あ、これは3年間甲子園行ったらダメじゃ」と。
行ったらね、もっと反発が強くなる。
だって今まで8回甲子園行って、未だに挨拶してくれん先生がおるけぇな。
そういうようなことを知っとるんかゆうんよ、校長さんとか副校長。
未だに一言も、次の日に会うてで、さっと知らん顔してパッとあれするような。
そういう中でやっとるんじゃけぇ。









9月29日

迫田監督の話つづき。


「寂しくなりますね」

うーん、わし自身そんなあれはないんじゃがな。
わしはな、自分の生き方がすごいええようにいくんよ。
今回あれしてわしはダメになったな思うたら、昨日金光が監督に復帰したんよな。
そういうあれが、大体本人はやりたがっとったんじゃけぇ。
やりたかったけどガタガタして、選手らが「厳しい」とかなんとか言い出してあれしたけど、
そこらのところが今は認められて復活。ただし代行になっとるんよ。
今から20年すればええじゃないかゆうて、電話来たけぇゆったんじゃけど。
やっぱりそういうふうになってくれたら、こっちも活かされるということよね。

大分チームはようなったんじゃけどな。ボール回しがようなった。
そこらのところを言うても言うてもダメだったけど、今回かえってそういう面はようなっとるんよ。
選手がやる気になってくれて。わし今度やめるんじゃけぇ、
お前全部教えにはいけんのんじゃけぇあれしなさいやゆうたら、そこらのあれがちょっと違う、
これはちょっとせにゃいけんというような気持ちになっとる。ダメな奴もおるけどな。

わしらでも、娘の所に行って、娘が孫をあれしよるのを見て、
「あ、お母さんゆうのはこんなんやな。大した子じゃないのにすごいええように、多
少ともそういうふうに見てやらんといけんよな」と。
やっぱりあれやな、娘の所の孫を見よって、わし変わったなちょっと。
対応が、親というのはこういうようなんじゃと。
へー、こんなやつにこんな期待しとるようなことをするんじゃな思うてね。
それは母親は子供が少ないんじゃけぇ、どうしても自分の子供がええがにしようと。









9月8日

迫田監督の話つづき。


「監督さん次はどうされるんですか?」

いやわしはこれらがおるうちは、わしのあれやなんかは決めるわけにはいかんけぇ。
一応こいつらが、せめて3年生が進路のほうが、
次来られる人が「進路は関わらんでください。私がやります」ゆうたら、
わしが出ることはできんけぇ、申し訳ない頼みますと。
それだったらわしは自由にしてもええけど、「進路ちょっとやってください」と言われたら、
ある程度のことはせにゃいけんじゃろうと思う。
それがええがにいったらわしのことも考えようと思う。

今は体力作りよ。フィットネス行って。 最後ノックしてやろうかと思ってあれしよったけど、
NHKの人が来られてずっと2週間ぐらい撮られるんじゃけぇ。 沖縄までついてこられたんで。
最後にわしがノックなんてしよったら、パフォーマンスで変にあれされたらいけんけぇ、やめとこう思うて。
まあ足腰が弱いけぇいけんよ。今とにかくそこらのところを作ってあれするような格好で。
あとはチーム作りでどんな?

「そうですねやっぱり、今の子なんで野球だけでは難しいなと。
やっぱりいろんな面を含めて指導していかないとチームを作れないっていうのは、
ここ最近特に家庭環境の難しいところがあるので、何人かはうちで一か月預かったりして、
ある程度生活環境を整えてから家に帰られたりとか、そこら辺がちょっとまあ、
野球以外のところで時間がかかってしまうので、そこをなんとかしないといけないんで」

まああれよ、関わった以上はせにゃいけんけど大変よな、ほんま。お前みたいな悪い奴がおるしな。

「ほんとそうです監督さんが見捨てずに使ってくれたので」

今はほいじゃけえな、悪い奴のほうが育って、ええがになってくれたら違う力を出すよな。
ええ子ゆうのはな、大したことないよ。学校でええ子なんてゆうたらろくなもんじゃないよ。







9月1日

迫田監督の話つづき。


橋本コーチ「河野さんが来られました」(OBで現在監督)

「こんにちは」何を思ってお前、あれしとるんやお前、わしが挨拶に行かにゃいけんのに。
(河野さんが花束を渡す)こんなあれをせんでええのに。

(サッカー部監督が退室)

わざわざ来てくれたんか。
「はい、花がいいのかわからなかったですけど」
いやー、そんな気を遣わんでええよ。来るだけでも大変じゃろうが。高速代がなんぼかかるか。
「監督さんに本当にお世話になったので」
何を言いよるんよ。わしがお世話になってるのに。ほいじゃあわしが行かにゃいけんじゃろう。

ええがにいきよる?
「そうですね、ちょっとずつ選手の取れる層が少しずつ良くなってきてます。
やっぱり全国から取り合いになってきてますんで」
いや本家本元があるけえな、それで対抗してこうやるということよな。
「中学の軟式のほうで、日本一になった子が近所の中学だったんで、
そこから4・5人一気に家に入ってくれたんで、それらを鍛えながらやっていかないといけないんで」
じゃけえなあ去年の終わりごろハシと、いやー25年かかるなー。40人入る予定だったんよ。
それもよそで特待で行こうというのが断ってうちに来てくれる。
それはクラブの人なんかが分かってくれんけぇな。
うちには特待制度はないゆうのに、よそのを取りよるんじゃないかとかな。
そういうふうなのが全部、育てよるというのが分かってくれて、そう言いよったらこういう事件じゃけえな。
25年かかるということを分かってもらえんよな。難しいよ。

ここらのところが選手が、ほいじゃけえあれして早くからわかっとればええんじゃけど、
選手もかわいそうじゃしな。まあでもそれはそれで学校の方針で「こうこうです」言えば
それまでじゃけぇしょうがないところがあるんじゃけど、
保護者のほうはやっぱりあれやな、どうなるんですかということになってくるわな。









8月25日

迫田監督の話つづき。


そういうあれ押してもらえるという、結局学校の先生がその部に興味を持って、
ちょっと見て応援してやるんじゃという方が少ないんですよね今。
特に悪い奴がおるところはそういうふうな形でなんとか協力してやろうとかね。
それがあったら全然違いますよね。じゃけど高校であれしとるんだから、
なんで自分が勤めてるところの学校の、変な部であろうとなんであろうと、
「もうちょっとこうしよう」とか気がついたら言うてやろうとかね。やられんのんかなと思うてね。

高校生ならまだね、ある程度わかるじゃないですか話をしても。
中学生言ったらちょっとそれより落ちるゆうたら話するのが難しいよね。大変だと思いますよ私は。
高校生でも大変なのに 中学生ゆうたらもっとわからんよ。

「僕らの仕事というのはお預かりして育てて次へ渡す。
次へ渡すまでの土台作りができればいいかなと。お家の人が結構焦ってるんですよ。
うちの子はこんなんで。 いやどこもそうですから。まだ13歳ですからと言うんですけど」

それがちゃんと親に守られてあれしとるんじゃけぇ「変われ」言うたってね、変わらんよね。
ここの地域いうのはサッカーは上手いんですか?

「上手い子は大体サンフレッチェ(ユース)に行きます」

やっぱりあっちに行きますか。三原にもクラブチームはあるんですか?

「尾道にあります。結構大きいです。竹原にもあって」









8月18日

迫田監督の話つづき。


先生はようあれしとられるよ、小さい子を相手にね。話してもわからんでしょう?

「最近はもう全然、だからまず当たり前のことを言ってるんですけど、
なかなかそれがすぐには入らないですね。昔だったら大きい声出したりとか
ぶっ飛ばしたりしながらだったんですけど、それでもまだ付いてきましたけどね。
最近の子はそうなりませんし社会的にもダメになりましたね。
まあ『できなくて当たり前だよね』というのが最近分かってきました。

1回言ってわかるんなら苦労はないなと。2回でも3回でも辛抱強く言って、
信頼関係と言うか作りながらやれればいいなと思ってます。
それは部長さんが言われた箱崎君とか、
最初はこっちも苦労したんですが、ダメだな全然こっちを向いてくれないなと。
だけど辛抱強くやってたら、3学期ぐらいになったらちゃんと授業でも言うこと聞くようになったし、
ある程度やらんといけんことをやるようになりました。

最初は言ってもできないですが、それを怒るよりもゆっくり時間をかけて教えてあげないと。
こいつは言うことを聞かんと投げると終わりだなと思って。
監督さんは僕が来た時からずっとおられて、それを見てきたんで。
ベンチにいたり、監督室にいたり、ベンチ前で話されていたり」

私は私でチラチラ見て、松岡先生やるよな、よう面倒見るよな。中学生じゃけぇね。
場合によっちゃあ小学生みたいなもんじゃけえね。それらをやっていくいうのは本当大変ですよね。
うちらはやっぱり学校側があって、理解してくれてね、こうしょういうのが分かってくれたらええけどね。
これをやるんが当たり前なんじゃという感じだったらね、難しいしね。

「監督さんは何年も暑い時も寒い時も、でもそれで普通なんだなと。
まだまだ先は長いです。それを間近で見れました。僕は野球も好きだし見さしてもらっていました」









8月11日

迫田監督の話つづき。


(OB達が退室)(倉本先生と如水館中学サッカー部監督が入室)

先生(サッカー部監督)はだからここに入ることはあまりなかったもんね。
「大体試合中とか練習中なんで」 
いや別にどういうことないですよ。
「お邪魔になるんで」 
とんでもないですよ。
生徒はいろいろお世話になってから、ほんまにありがとうございます。

今度はどういうあれをされるんですか?
やっぱしサッカーを見られるんですか中学の?
「はい中学の」
やっぱりサッカーいうのは 人気があってある程度、
「いやー」 
そうでもない?
「子供の数が減ってて集めればいいということでもないですね」 
そうですか。
「今の2年生はまあまあ来たんですけど、1年生はちょっと少ないです」
ほうですか、将来はどうなるんですか?
「地域の夜に小学生を集めてやったりとか 、地域と選抜の練習会とかなるべくうちでやってもらうようにしています」
グラウンドを貸しますからと。
「はい、僕も教える方に参加して、地域の指導者の人と、まあ10年以上やってるので
ちょっとは名前が知れたし。あとは秋頃に地域を回って来てもらうようにお願いしたり」
なかなかあれじゃね、ただしあの辺の中学は悪いゆうたらかえって良いよね。ははは。
「地域の中学校さんは指導者の方がいらっしゃらなくて。サッカー以外の先生がついたりするんです。
前にここで監督さんにお話しいただいたのが、やっぱり人間教育もやらないといけないし、
地域の人に認めてもらうためには勝たないとダメだと。
僕はまだその頃は勝っても負けてもみたいに思っていたんですが」









8月4日

迫田監督の話つづき。


もう今日は練習いいんか?「大丈夫です」
これの中で危ないのは誰や?長谷川じゃろ?あいつは今活躍しよるんよな、吉原は。「はい」
一番じゃゆうたの。「はい」 大丈夫なんかな。「多分大丈夫です」
わしどういうたと思うあいつに?1番なってなんかオープン戦でホームラン打ったゆうて、
どういうふうにゆうたと思う?ある人はあれが調子に乗っとるけぇ
「調子に乗ったらいけんのんじゃ」と言う。ワシは「ずっと調子に乗っとけ」と。
あれは調子がなくなったら全然ダメなんじゃけぇ。打てんようになるんよ。
じゃけえ「わしはずっと打ちますよ」という顔をしてやったほうがええよあいつ。

田中ハルキよ。お前16日に行くんじゃけぇ。それが2月の3日か4日かぐらいに来て、
わしわざわざ駅まで送ってやって、「飯食えるか」ゆうたら「7時31分じゃ」ゆうけぇ、
ほいじゃあ時間がないけぇ帰れゆうて。今度飯行こうゆうて。
お前あれなんは、大学入った時にすごい差が出るんじゃと。
その差は走ったりとか、練習やってるかやってないかよ。じゃけえお前ピッチングしとけ。
絶対サイドで投げたら違うけぇゆうて。それで休んだらダメで。今福山から通いよんじゃろ。
しんどいかも分からんが、もう用はないなったんじゃけぇ、
もう学校に来んでもええんじゃけぇ、ゆうたら4日休むんじゃけぇな。

ゆうてその次の日から4日。もうやる気ないん思うわな。なんでとかぐらい来てまた2日休む。
どういうことかゆうたら、わしから監督さんに言えんのよ。吉原は特待で採ってもらっとるんよ。
ハルキは違うんじゃけぇ。だったら「これは真面目な男ですから、
監督にどうこうすることはないんでやってください」ゆうてから。あそこじゃったら言えるんよ。
上原さんゆうて沖縄から来とる監督さんなんよ。
あれがずっと続けてきてくれとったら、ぱっと「こいつは絶対に裏切らずにやりますから
見てやってください」ゆうたら本人を見られるのが増えるのに来んけぇ。
それはお前ゆうたあくる日から4日休んだらな。

(突然)帰れやもう。お前ら練習せにゃいけんけぇ。ありがとう今日はわざわざほんまに。
すんません。がんばってくれよ。4月暇になったら行くけぇ。









7月28日

迫田監督の話つづき。


──監督さんは皆さんにどんな大人になってほしいですか?

どんなゆうても、どうにかなるですよ。(一同笑う) そんなことは私が言えるほどあれじゃないですよ。

──今こんなことを大人になれに向けてしてほしいということはありますか?

いやーあんまり考えたことないですよ私は。大丈夫ですよこれらは。
これらの中で一番不良になるとすれば長谷川?「そうですね、はい」
あー、芸北のいわゆるヤクザと言うか。そんなことはないか。
ほいじゃけえええ形にはなっとるよな、国際(大学)行っとる選手というのは。
島崎もおったよなでも。ようやっとるかなあいつ。「やってます」 

もうとにかくリラックスして下さい何もないですからもう監督じゃないしわし。

──皆さんから監督さんに何か訊いてみたいことはないですか?

(沈黙) ないですよこれら。高田さんから何か訊いたらいいですよこれらに。

──監督さんから言われてないか印象に残っている言葉はありますか?

「彼女おるんか」ゆうぐらいですね。(一同笑う)  (沈黙)

──(近くの子に) なんかないですか?

「ヘッドを使いなさいと言われました」 

──監督さん憶えてますか? 

あんまり打ってない奴は憶えてないです。いいバッターのことは憶えとるけど。
大体でもね、試合で打っとるやつというのは憶えとるんですよ。
あの時こうこうやったなと。あのバッティングはああじゃったなと。
なかなかあれですね、これの中で覚えとるやつはおらんのぉ。
弱かった時代ですねこれら。だから甲子園なんか行ったら、
やっぱり甲子園に行くために勝つためのヒーローというのは出てくるんですよ。
じゃけどそういうようなのはあの時打ったなとか、こうじゃなあということはありますよね。
それは25年あるんじゃけぇ、そう簡単には、その代わりここゆう重要なとこじゃったら覚えてとるし。

──この中で一番活躍したプレイを覚えているのは誰ですか?

おらんです。

(相撲部に)足大丈夫かお前?「はい」 ほんま?「大丈夫です」
自分で大丈夫で、他の人から見たら「あいつびっこひいてる」とか。「大丈夫です」
もうええがになったんか。「今は痛くないです」 走るのは?「痛くないです」
いわゆるダチョウ?(一同笑う) 走らんけぇ肥えよるんじゃろう。「走ってます」
よく食うけぇ?「いや」 突っ張りで腫れとるんか?(一同笑う) 









7月21日

迫田監督の話つづき。


(OBがもう1人入室)

なんかと思うじゃないか。来賓の方が来られたけぇ。みんながお前の悪口すごい言いよった。
わしがそんな奴じゃないってゆうたのに。顔変わったな。「はい」 彼女できたんじゃな。「いやできてないです」
いやー、ちょっと向こう向いてみぃ。絶対できとる。今出てないな試合に。
「出たり出てなかったりです」 じゃけえ出てないな。まあ冗談じゃけど、よう来てくれました。

あれよ、結局チームいうのは、高校野球だったら3イニングまで。
3回までにゼロにしたらある程度分かってくるわけ。
ピッチャーがわからんのが、例えばうちの藤原でも見てから、あれがない、全然観察力がない。
打ち気なんかそうでないか。打ち気なのにゆるい感じで、それも腕のスイングも緩うてふえーっと投げる。
カッパーン。今日なんか1試合目に3回投げて、2回に0-2からアウトコースをカッペーンとヒットよ。0-2からで。
ほいで3回に4つ投げたら四球よ。何しよんやいうような。

そんなあれがみんなね、わかるかな、お前こういうことゆうて。
例えば、ちょっと立ってみぃ、この顔を見てな、まっすぐ狙っとるか変化球狙っとるかわかるか。
(打者に)ちょっと頭の中で考えてみてくれ、何を狙うか。これは打たんな。そういうあれがないんよ今。
じゃけえここ曲がったら怖いでと。怖いゆうのが車が来る恐れがあるでと。
ここは気をつけて行かにゃいけんでとか。
そういうあれを、わしらの時代はほんまに、親がちょっと機嫌悪かったら殴られたりな。
そうじゃなしに今の子はすごい可愛がられて大きくなっとるけぇ。そういうことが気にならんのんよ。

わしはあれゆうけぇな。最近うるさいのがグランドのレーキをあれするの、1人ずつ持つなと。
1人ずつ持ったら10 mぐらいで「あーしんどい」と休んどるんよ。
じゃけぇ5人で1本持ったら3mから5mで次の人に変わるんよそうしたほうが早いんよ。
それが一人が一本ずつ持ったらあとつけるだけよ掻いてないじゃないか。
土をあとつけただけでしんどいしんどい言って。いつまでたってもグランド整備ができんよな。
グランド整備ができるんじゃったら、これは何分でせにゃいけんとか。
5人で1本思ったら3mとかやって、「あ、こいつ弱ったな」と思ったら次の人が代わってやったら、
深く掻けるし早く終わる。野球というのはそういうあれがあるんよ。

それが全然、自分の勝手なことをして、結局親御さん、特にお母さんが最近は強くなっとるけぇ、
「あんたはヒット3本打ったんじゃけぇええんよ。他の者が打ってないけぇ負けたんよ」 
そこらのものがいかにうまくみんなでやっていけるか。これはもうコーチが大変でございますから。
沖田は聞かんじゃろうないうことを。「いや、」 沖田は聞く? ようなっとる沖田は? 「はい」
ああ、そう。バットスイング足りとるんかお前。入るホームラン? 「入ります」
ホームランを入れれるぐらいやっぱり振ったほうがいいと思います。









7月14日

迫田監督の話つづき。


大分でも強くなったよ。ピッチャーがもうちょっとピッチャーがなぁ。
ただ今あれよね、野球がどうゆうたらええかね、
こないだなんか(センバツで)広陵ががなんぼや、6対0で勝ったんか。
今度12対2で負けた。あんなん結局、河野ゆうのは良いピッチャーなのに、
あとの奴ゆうのがわやくそよな。そういうあれが物凄いあって、
山梨学院なんかでも24対なんぼやろ、勝ったの。
ほいで今度は3対2で負けるけぇな。もうわからんような野球をしとるんよ。

で、すごいね甘い。高校生見てあれして、今回は沖縄でも専大北上か、
甲子園でやったところと来とったけぇやって、それに5対1か5対2で勝って、
あとは沖縄のチームじゃけぇ、一応全部勝って。
B チームをナイキ先生に監督してもらって、ナイキ先生は4勝2分けでね、負けなしなんよ。
ほいで今日はの練習試合が広となんじゃけど、広ゆうたら市立呉が甲子園行っとるけぇ、
呉の中で1位なんじゃけど、全然どういうかね、
沖縄のアレとやったら肩弱いし脚力ないし、それを肩を鍛えてないゆうか。

今野球の中でわし1番心配しとるんが、ボールを投げてない、手首がすごい弱いね。
これが良くないとやっぱり打つのも良くない。じゃけえ内野手ね、軽くノックするじゃないちょっと。
普通じゃなしにベンチ前で。あれやった時にね、捕ったボールをね、
パッとここ(右肩前)に持って来れるか。特に右投げ右打ちの人。
それができる人はね、構えができるんよ右の。沖田はちょっとこれが遅いことないかね、これが。
そうでもないか。緩いボールを捕るのが一番わかるんよ。パッと捕って持って来る。
パッと持って来れるようになったら、自然ともう構えになるんよ右の。
それがのスローイングが悪いとやっぱり低いね。これが下がっとる。今一番気になるところじゃね。
そしたら見てもらったら分かるけど、内野の送球がすごく良くなっとるんよ、アウトにした時の。

結局あのー、あれなんかでも、浜谷ゆうのが、長谷川は知っとるの浜谷。「はい」
あいつがね、イップスじゃけぇ。投げづらいんよ。決まらんのよこっちの手が。
ほいでバットもこっち(トップ)が決まらんのよ。それでどうしても下がる。
下がるけぇ打つのが、低めはなんとか打てるけど、高めは打てんのよ。
沖縄で負けよったゲームがあって、浜谷が2番で一死二三塁でセカンドフライ。
もし一塁かエンドランかけたらまたセカンドフライ。
今度は走れるバッテリーなんよ。ほいでトップバッターがあれしたんよ。









7月7日

迫田監督の話つづき。


(OBが5人入室)
おお、入ってください入ってください。
(少し太った子に)あれっ、相撲部? 野球部で相撲部? 
「いや野球部です」  何年かいの? 「次で4年生です」 
4年になるんかもう。ええー。 そしたらあれじゃな、進学できるのか? 
わざわざ来てくれんでもええのに。そんな大したあれじゃないのに。

(みんなでパイプ椅子を出す)

──監督さんこの中で言うことを聞かなかったのは誰ですか?

これの中にはおらんです。レギュラーじゃないけぇ。
レギュラーじゃったら言うこと聞かんかったりしますが皆結局補欠ですから。
18人に入らん。座ってください。あの相撲部が気になるなー。
全然練習してないんだろお前。 「してます」 色が白くなっとるし。「黒いです」 
いやお前の黒さは違う。普通の人と比べてちょっと黒いだけで。
でもやりよるんかお前。 「やってます」 ポジションは? 「ライトです」
まあそうじゃろうな。コーチの人の言うことを聞きよるか? 「聞いてます」

(別の子に)どんなんや? 「聞いてると思います」 新入生どんなんや新入生。
新入生はいつからや?昨日からか?前から来よるんか? 「はい」
いつ頃から? 「3月入ってからです」 じゃあもう1カ月になるんじゃ。
先輩どんなや。先輩はようないあれじゃないんか、相撲の先輩。

沖田は何しよるんやほいで。いろんなとこでしよるけどマネージャー?もう。
「違います」 違う? 「違います」 性格としてどんなんや、戦力外か?
「戦力外にはまだなってないです」 でもあれやな、まあコーチがあれじゃけぇがんばってください。

(別の子に)お前は何をしよる 「野球やってます」 
勉強? 「いや野球です」 勉強したほうがいいんじゃないんか。
今日で終わりましたんで、まあなんです、あんまりわしは気にしてないんよ。

今日も試合してから、最後のゲームなんじゃけど、
ベンチ入ってくれ言われたけぇベンチに入ったら、最後9回に泣きよるんよ。
ピッチャー泣きよる、キャッチ泣きよる、ファースト泣きよる涙流して。
そういう涙のある別れをしたくないんで、もう今日は(話は)やめとこう思うて。
それで明日ちょっと10時に新しい監督さんを発表されるゆうたけど、分からんのよまだな。
困っとるんよな。そんなにわしどうじゃこうじゃゆうとるあれじゃないんじゃけぇ。
ちゃんとやって進路のことをきちっとしてくれてやったら、どういうことはないんだけどな。









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